RPNモードのコマンドが表示されているインターフェースのスクリーンショット

Macの電卓アプリはここがおかしい?

ある同じような関係の仕事をしている人たちとの飲みの席で、「Macの電卓、おかしくない?」と言ったら、みんな「え?なに言ってんの?普通に使えるじゃん」って雰囲気になって、結局使いたくても使えないひとは自分だけでした。

Macの電卓アプリのスクリーンショット

この電卓で「1 + 2 enter」の順番で押した結果です、2という結果が出て、「これは使えない、バグってる」と思った人もいるのでは?
結局この電卓には「RPN – 逆ポーランド記法(Reverse Polish Notation)」の機能が付いていて、そのモードになっていたことが後でわかりました、入力方法が異なるんですね。

おそらく知らないうちにこのモードに移行していたんだと思います。

RPN電卓についてはこちらの方の説明がパッと見てわかりやすいと思います。
http://blog.k2design-office.com/2012/04/21/888/

多くの日本人が電卓を使うシーンにおいて、そのニーズって限られた人じゃないかと思います。
ITや数学の分野と違う一般的な人としては、RPNを知らない人が多いのでは?飲みの席のメンバーでも知らない人がほとんどだったので、可能性はあると思います。

まずRPNという機能について、ニーズってものがどれくらいあるのか?によって、これらは配慮したほうが良さそう?と思った事です。

ショートカット(Command + R)は不要ではないか?

 

RPNモードのコマンドが表示されているインターフェースのスクリーンショット

RPNモードへの切り替えにはショートカット(command + R)が実装されています。
おそらく自分はこのショートカットを使って無意識に切り替えてしまったんだと思います。

この手のショートカットの有用性って、頻繁に操作する場合において重要な気がします。
例えばアンドゥやセーブといった機能はショートカットの価値があると思うのですが、この場合、ショートカットキーを設定すると、無意識(気づかずに)に切り替えられてとたんに「使えなく」なる、ようなデメリットがあるのではないかと思います。

要するに便利と思ってショートカットをつけたことで、かえって操作できないものとして離脱されそうな危険をはらんでしまうことが考えられないだろうか?ということです。

もちろん実装したなんらかの理由があったのかもしれないが、どれだけの人が逆に困るかというのはある程度数字を見て判断するしかないのだろうかとは思います。

しかもcommand+Rといえばブラウザの更新とかに使う人もいるし、なんとなく手が出てしまいます。アプリを切り替える際はcommand + tabを使う人なので、Chromeを立ち上げていて画面更新をしようと思っていて、実は電卓がアクティブになっていたのかもしれません。
例えば以下のスクリーンショットの状態でユーザーは、ブラウザがアクティブになっていると思いがちです。

chromeと電卓を立ち上げているところのスクリーンショット

もしもここで更新しようと思うと、command + Rを押して、そうなるとブラウザばかりに目や意識が集中しているので、電卓のモードがRPNモードに切り替わったなんて気がつかないユーザーもいると思います。

ここでは他アプリケーションとの利用シーンを考えると、このショートカットを実装するべきではないのでは?と考えられます。

モードや状態は見える場所で?

ユーザーのニーズを考えて、「どうしてもRPN切り替えモードを実装する価値がある」とすればどうしたらよいだろう?これはちょっと難しい。
「切り替えられたことに気づかずに離脱される」ことを防ぐだけで考えたら、メニューバーに隠れるのではなく、電卓パネルのどこかに「RPNモード」の表示、非表示を設けるほうがまだ安全かもと思います。

電卓ごときでいちいち自分のミスを調べるか?

「ごとき」なんてちょっと言葉悪いかもしれないが、電卓はシンプルなアプリだと思って使うひとが多いと思うのが本音です。
最初に1+2=3にならない電卓を見て、自分の操作による間違いかを調べるより、使うのを諦めることが一般的かもしれないです。

自分はこのRPN機能を指摘されるまでMacの電卓は使わなかっただろうし、面倒で使い方を調べることもしなかったと思います(本当は仕事柄いけないのかもしれないが)。
で、iPhoneの電卓を使っていました、あれはあれで問題アリですが。
http://matome.naver.jp/odai/2140336523315321201

ショートカットは便利かもしれないが、他アプリと比べると電卓は小さく見えます。他アプリとの関係性にも色々なストーリーがありそうで、奥深いものを感じます。