Sadie活動休止ライブ、お仕事に関われて感謝

2015年9月21日、Zepp 東京にて10年間の活動をとめたロックバンドSadie。
そのライブを事務所の方のお気遣いをいただき関係者席で観させていただきました。

とてもいいライブだったな、と振り返ると少しながらでもお仕事に関われたことに嬉しく思います。5年近く前から数年間の間、彼らのウェブサイトのお手伝いをさせていただきました。こちらです。

Sadieのオフィシャルサイトのスクリーンショットです
Sadie : http://www.sadie-web.com/pc-top.html

些細なキッカケ

「キッカケ、人生本当に何が起こるかわからない、たまたまつながった」(一字一句は違いますが)というギターの方がそんなことを言ってました。ロックをやっている人からこの言葉が出るのは珍しく思えますが、人には生まれ持って何か役割があるとすれば、彼の半生もしくは一生の役割がギターであり、メンバーに出会って彼はギタリストとして活躍できる機会を得たことになるでしょう。
それどころか、そのキッカケを大切に活かそうと必死に努力された彼は、もう他のメンバー4人からも強く必要とされる存在になっていたに違いない、キッカケやつながりを軽く見ると結果こうはならないものです。音楽に限らないことですね、仕事でもなんでも。

「歌を歌わなければただの弱いひとりの男」と言っていたボーカルの方ですが、恐らくファンにとっては、ですが…
人によっては器用にうまく立ち回れる人と違い、自分が世の中のなんの役に立つんだ?ということに悩んでいる人たちが彼を見てたったひとつ、歌うという自分にできることを見つけ突き進む姿を見て、自分を重ねて見続けていたファンも少なくないのでは?と感じます。
「ただの弱いひとりの男」があれだけ腹の底から歌っている、アーティストというより人間を感じていたように。
それが大きな共感につながっているのでは?とも。

ロックらしからぬロック

よく私も若いころロックバンドのファン(特に追っかけ)の声を聞いていたが、「私の生活はバンドが中心」というファンが大勢いた。

彼らのライブのMCで記憶に残った言葉や自分の解釈ですが、

  • キッカケやつながりで人生何が起こるかわからない
  • 人は何かひとつでも持てたらそれに邁進
  • ものには必ず終わりがある、いつ決断するかだ
  • 想いに活動休止などない

なんだ、普通に名言集みたいではないか…
しかも教科書と違い、実践している人が言っている。
実にリアルな話だ。学校より説得力ある。そりゃ「生活はバンドが中心」と言われても仕方がない。

ロックといえば横暴で身勝手で…という見られ方もあるが、そう定義付けると彼らはロックらしからぬ、ファンにとって大きな目標だったのでは?

色々とお仕事含め考えさせられるライブでした、映像含め演出面も凝っていました、事務所の方には特に感謝したいと思います、ありがとうございました。

ロゴ類似について何となく

オリンピックエンブレムの類似騒ぎで、色々な方の擁護や批判の意見が飛び交っていますが、前提として多少なりとも「似る」ことは当たり前に起こることを認識するべきだと思うんです。
テレビのバラエティー番組にまで取り上げられる中、著名なグラフィックデザイナーのコメントの中で、「ロゴマークはシンプルな形状になりやすく、そうなれば類似のものが出やすい(一字一句正確ではないですが)」という意見には腑に落ちました、確かにその通りだなと感じます。
シンプルという意見は色々あるようです。以下はクラウドワークスさんの記事の引用。

ロゴがシンプルであれば、デザイン性を損なうことなくリサイズすることができます。逆にロゴが複雑なデザインなら、縮小すればするほどデザインがつぶれてしまい、何のロゴなのか分からなくなってしまうでしょう。

引用:ロゴデザイナー必見!クライアントが納得する『いいロゴ』とは?

自分も経験がありますが、顔をあしらった複雑な形状のロゴマークの場合、縮小すると目のカタチが潰れて「泣いている」ように見えることがありました。

よって線は太く、空白が狭くなりすぎないように…となると必然的にシンプルになるかもしれません。
しかし、シンプルであればあるほど特徴も目立ってくるものです。

そうなると類似と捉えられそうな他のロゴマークもまた見つかりやすいのでは?
特に英語の頭文字を一文字取っただけのロゴマークなんて、もう必ずと言って良いほど似ているロゴマークが他にも存在する、と、考えた方がいいのでは。
今回の問題は有名なオリンピックのエンブレムだからこそ騒がれていて無名の店舗のロゴマークであればこんな騒動にならなかったでしょう。
しかし、本質はというと、有名・無名に限らずこの問題は付き纏うはずで、ロゴマークを作るという事はその店舗なりの成長を願うシンボルとも考えられます。

成長(事業が成功)したらしたで「あのロゴ、あれに似てるよね」となる可能性はあるわけで、今は無名だからどこかに似てても批判されないだろう、というわけにはいかないものだと思います。

意匠登録制度の世界的なオープン化

今回のオリンピックのエンブレムを作ったデザイナーが色々と言われてますが、そもそも、誰がデザインしても類似と言われるものが出来上がる可能性は多かれ少なかれあることを認識するほうが大事だと思います。

いかに類似問題に向き合うか?ってことかな。と。

ただ、今回「酷似」「確かに似すぎだ」と言われても仕方がないほど共通した箇所が多いと見られる中、それをチェックする仕組みというのをそろそろ世の中も導入する方向に目を向けてはどうだろう?と思ったり。
画像認識の技術も進んでいます。Facebookなどの顔認識は怖いほど友達の名前を言い当てる事がありますね。
こんな記事を見かけました。
「SNS上のロゴ画像」を分析するサーヴィス « WIRED.jp : http://wired.jp/2013/02/27/gazemetrix-logo-scanning/
これだけの技術があれば、とりあえずどれだけ似ているロゴマークが世の中にあるかどうか調べるだけなら、だいぶ楽になるのでは?

そんな技術を使った「ロゴマーク意匠登録データベース」というサービスを世界規模で展開する…Google、いやAlphabetさんとかやらないかな?と。(なぜ民間企業かというと政府は腰が重く、国家レベルではなく世界規模のサービスじゃないと意味がないから)

日本国内ではダメで、世界のどこかで管理される規模でないと意味がない気もします。
現に今回の問題は海のむこう、ベルギーのロゴマークと似てると言われているので。

特許庁の意匠制度についても、ちょっと問題を感じます。

意匠は、物品のより美しい外観、使ってより使い心地のよい外観を探求するものです。そして、その外観は、一見してだれにでも識別することができます。このため、容易に模倣することができ、不当競争などを招き健全な産業の発展に支障を来すこととなります。そこで、意匠制度は、新しく創作した意匠を創作者の財産として保護する一方、その利用も図ることを定めて、これにより意匠の創作を奨励し、産業の発達に寄与しようというものです。
引用:特許庁ホームページ

理想としていることは理解できますが、このグローバル社会、意匠を一国の法律だけで管理するにはもう限界がありますし、「創作者の財産として保護する」とは言っても、その手段(類似を調べる手段)が薄すぎるので、作った後に酷似しているという指摘を受けることになりがちです。

意匠登録も世界レベルで、オープンかつ完全デジタル化ってのは無理がありますかね?

少なくとも類似という見えない問題を人力で調べるのは無理があるので、コンピュータで解決するというのはそろそろ考えてもいい時代なのかもしれません。
まあもちろん、類似を避けることが良いロゴマーク作りの目的とは言えませんが、少なくとも今回、オリンピックエンブレムに104作品の応募もあったと言われている中、他の作品にも類似と言われてしまいそうな作品がまだあるかもしれないことは容易に想像できます。
評価の仕方も意匠制度を世界的な機関によって、IT化導入という方向で今後は考えた方がいいのでは?壮大ではあるし、難題もあるし、時間もかかり、もっと議論も必要だと思いますが。

技術を正しく適切に使うにも、政治や利権などで今の日本の仕組みが変わる事に踏み切れない所も感じられます。

政府より民間企業?

今回の騒動のように1人のデザイナーや審査員を指摘するだけでは今後もこういった事は起きないとも限らないし、類似は多少なりとも付き纏うという認識で、選考プロセスには技術的なしくみも、行政レベルで取り組むほうが未来はあるように思えますが、やっぱり「国を超えて」となると、力のある民間企業がやったほうが手っ取り早いような気がします。ま、権利に関する問題は他にもありそうな気がしますが。。

重ねていいますが、類似を探すことがいいロゴマーク作りの目的じゃないし、問題がズレているのは百も承知の上での雑記ですが。

たまにはアイデアソンもお酒の席で(居酒屋ソン)

  

ふと居酒屋で楽しく飲んでいた時のことから、雑記。

大阪で開催されたあるIoTをテーマにしたイベントにパネラーとして参加したときに、隣で話をされていたウェアラブル界で著名な塚本先生が「アイデアソンやるんですか?だったらぶっ飛んだものを考えた方がいいですよ。もう大抵のアイデアは出尽くされてますから(省略)」とお話ししてました。

大体2日間にまたいでハッカソンをやるケースって、初日はアイデアソン的な時間を取ることになるんですが、いつも真面目な空気感がこういったぶっ飛んだというか、いい意味でバカになれないとか、そういう気もしてます。ましてや初対面の人とチームを組むことが多い中ちょっとしたアイスブレイクではなかなか打ち解けられないことも。

(「初日はアイデアソン」って書きましたが、最近ではアイデアソンだけで完結するイベントはIT系に限らずあるそうです。)

美味しいものも食べられて、ちょっとお酒が入るとあの「会議室的なカタい感じ」から開放される感じがいい。

会話がだんだん膨らんで無茶苦茶な意見が出て時々誇張されていつのまにか「いやー実現不可能だろそれ?」「面白いなーソレ」と笑いながら結局収拾もつかないアイデアになるとかが実は一番楽しいし、なんかこう、気持ち的につっかえが取れるというか、みんなが「やらされてる感」じゃなくなることが本当はアイデアソンって大事だと思います。

「実現不可能だろ?」って言われるくらいが俄然燃えてくるMっ気のあるエンジニアだって周りにいるように思えるし。
あるエンジニアが言ってましたが、技術は後で何とかなるかもよ、って。

ハッカソンって一般的には期限が決まっているので、それに間に合わせるのもアリですが、そこがゴールになるよりも、後日また引き続き作り続けたいと思えるようなアイデアの具現化に対する取り組みもまたアリではないか?なんて考えてしまう。
もちろん発表時間に間に合わせて賞を取ったあとにまた後日集まってもっと良くしよう、というやり方もあるが、やっぱりタイムリミットに合わせたハッカソンって、何かしら縛りに合わせてしまうから、経験上そこからスケールしないことがほとんどだった。
時間的な制約がない方が、個人的には最近面白いと感じる。

半年や一年くらい練って完成させるとなるとよほどパワーを使うので、そんなことは大抵土日イベントでは成立しない。
以前、主催者側から、「このハードとこのAPIを使ってください」と縛りのあるハッカソンに参加したけれど、最初から縛りから逸脱したことをする方が、主催者側からすると残念だけど、参加者側によってはその方が楽しいかもしれないな、と。
イベントとして考えると成立しにくい、でもそういう楽しさを求めて参加したい人もいるように思える。
なんと呼ぶべきか。
居酒屋ソン?酒ッカソン(さっかそん)?流行りそうにはないな。。

あと、飲めない人はどうするか?雰囲気を楽しんでもらうか…。

Macの電卓アプリはここがおかしい?

ある同じような関係の仕事をしている人たちとの飲みの席で、「Macの電卓、おかしくない?」と言ったら、みんな「え?なに言ってんの?普通に使えるじゃん」って雰囲気になって、結局使いたくても使えないひとは自分だけでした。

Macの電卓アプリのスクリーンショット

この電卓で「1 + 2 enter」の順番で押した結果です、2という結果が出て、「これは使えない、バグってる」と思った人もいるのでは?
結局この電卓には「RPN – 逆ポーランド記法(Reverse Polish Notation)」の機能が付いていて、そのモードになっていたことが後でわかりました、入力方法が異なるんですね。

おそらく知らないうちにこのモードに移行していたんだと思います。

RPN電卓についてはこちらの方の説明がパッと見てわかりやすいと思います。
http://blog.k2design-office.com/2012/04/21/888/

多くの日本人が電卓を使うシーンにおいて、そのニーズって限られた人じゃないかと思います。
ITや数学の分野と違う一般的な人としては、RPNを知らない人が多いのでは?飲みの席のメンバーでも知らない人がほとんどだったので、可能性はあると思います。

まずRPNという機能について、ニーズってものがどれくらいあるのか?によって、これらは配慮したほうが良さそう?と思った事です。

ショートカット(Command + R)は不要ではないか?

 

RPNモードのコマンドが表示されているインターフェースのスクリーンショット

RPNモードへの切り替えにはショートカット(command + R)が実装されています。
おそらく自分はこのショートカットを使って無意識に切り替えてしまったんだと思います。

この手のショートカットの有用性って、頻繁に操作する場合において重要な気がします。
例えばアンドゥやセーブといった機能はショートカットの価値があると思うのですが、この場合、ショートカットキーを設定すると、無意識(気づかずに)に切り替えられてとたんに「使えなく」なる、ようなデメリットがあるのではないかと思います。

要するに便利と思ってショートカットをつけたことで、かえって操作できないものとして離脱されそうな危険をはらんでしまうことが考えられないだろうか?ということです。

もちろん実装したなんらかの理由があったのかもしれないが、どれだけの人が逆に困るかというのはある程度数字を見て判断するしかないのだろうかとは思います。

しかもcommand+Rといえばブラウザの更新とかに使う人もいるし、なんとなく手が出てしまいます。アプリを切り替える際はcommand + tabを使う人なので、Chromeを立ち上げていて画面更新をしようと思っていて、実は電卓がアクティブになっていたのかもしれません。
例えば以下のスクリーンショットの状態でユーザーは、ブラウザがアクティブになっていると思いがちです。

chromeと電卓を立ち上げているところのスクリーンショット

もしもここで更新しようと思うと、command + Rを押して、そうなるとブラウザばかりに目や意識が集中しているので、電卓のモードがRPNモードに切り替わったなんて気がつかないユーザーもいると思います。

ここでは他アプリケーションとの利用シーンを考えると、このショートカットを実装するべきではないのでは?と考えられます。

モードや状態は見える場所で?

ユーザーのニーズを考えて、「どうしてもRPN切り替えモードを実装する価値がある」とすればどうしたらよいだろう?これはちょっと難しい。
「切り替えられたことに気づかずに離脱される」ことを防ぐだけで考えたら、メニューバーに隠れるのではなく、電卓パネルのどこかに「RPNモード」の表示、非表示を設けるほうがまだ安全かもと思います。

電卓ごときでいちいち自分のミスを調べるか?

「ごとき」なんてちょっと言葉悪いかもしれないが、電卓はシンプルなアプリだと思って使うひとが多いと思うのが本音です。
最初に1+2=3にならない電卓を見て、自分の操作による間違いかを調べるより、使うのを諦めることが一般的かもしれないです。

自分はこのRPN機能を指摘されるまでMacの電卓は使わなかっただろうし、面倒で使い方を調べることもしなかったと思います(本当は仕事柄いけないのかもしれないが)。
で、iPhoneの電卓を使っていました、あれはあれで問題アリですが。
http://matome.naver.jp/odai/2140336523315321201

ショートカットは便利かもしれないが、他アプリと比べると電卓は小さく見えます。他アプリとの関係性にも色々なストーリーがありそうで、奥深いものを感じます。

最近ハードまで学習し始めるソフトウェア学科の学生さん達

今、僕は大学のある学科のソフトウェア分野で指導を行っています。ソフトウェアといっても、最近変わってきたなぁー、と感じることを書いてみました。(あくまで個人的に思うことです)

元々はこの学科は組み込み技術という分野でソフトウェアとハードウェアのコースがあって、つい近年まではパチンコなどで使われる液晶グラフィックの分野(ソフト)から、それを制御する基盤など(ハード)を学習する学生さんがいたようです。

開発環境も独自のものがあったりする中、それを変えてソフトウェアはWeb標準技術、まあ、いわばHTML5に切り替えたのが数年前ということ。

では、ソフトウェアコースの学生はWebアプリを作るのかというと、最近のカリキュラムではそれに加えハードウェアの実習が入ってきてます。ハードウェアといってもArduinoを始めとした小型コンピュータです。
今期のソフトウェアコースの実習ではこのEdison for Arduinoという、インテル製の小型コンピュータで、Web制作している人なら馴染みのJavaScriptでもプログラミングできます。 (正直、導入が難しいという印象がありました、人によりますが…)

  
自分でもある程度やってみました。

Webページを作って動的なページを動かすところまでは完全にソフト部分だけど、WebページのUI(ボタンやスライダー)を操作して、マイコンにつながれたLEDやサーボを動かすところまでの流れを学習する、といったソフトウェア学科のカリキュラムは今、もしくはこれから広く導入されることが増えるんだろうなと感じます。
僕らがこの仕事を始めた時のWebページやソフトウェアという考えとは違うソフトウェアの概念を持った若い世代の人たちがどんどん現れてくるのかな?と。
そうなるとハードウェア学科は?
個人的に触れてみた感想ですが、、
昨年度の発表会に参加した時に見たものは、画像解析の分野だけでも自作アルゴリズム、クロマキーでキレイに合成したり、麻雀牌の判別ロジックまでを自作したりする学生さんがいました。
今世に出ているライブラリよりもっと精度の良いものを作るのだと熱気ムンムンといった感じです。
おそらく彼らがハードウェアの基礎をつくり、ソフトウェア学科はその基礎をソースコードでもっとカジュアルで便利なものにしていくことになるのかな?とも考えてしまう。
JavaScriptで動かすマイコン、Tesselは面白いコンセプトで、配線の知識がなくてもまずはWebアプリとハード部分、例えば照度センサで明るさをCanvasやSVGにビジュアル化するまでのハードルを下げてくれています。ハードウェアエンジニアの恩恵と言ったところだろうかと感じます。

部屋の明るさを取ってCanvasに描画するまでを試してみました。ハードウェアエンジニアの恩恵を受けている気がします。

そういえばこないだ小学生の甥っ子がRaspberry Piを使っていました。小学生。。
 

学校も学生さんも変わりつつあるな、と感じる今日この頃。

やってみてわかった自分にとっての3Dプリンタの理想と現実

  

「3Dプリンタ」で画像検索すると夢のようなモノが作れると期待が膨らむ。

3Dプリンタにも種類がいろいろあって、最もポビュラーで低価格なのが、「熱溶融積層造形」と呼ばれるシリコンなどを溶かして細かく積み上げて形状を仕上げるもの。

なので、球体のような曲面を3Dモデリングソフトなどで作ったデータを「熱溶融積層造形」仕様のプリンタで作ると、触り心地はツルツルにはならない。プラモデルのようなツルツルの触り心地のモノが作れるというわけではなく、それをやりたければもっと別の種類の、おそらく高価な3Dプリンタのほうがいい結果になるかもしれない。

  
上の写真ではわかりにくいかもしれないけど、このような曲面は「段々の跡」が若干目立つ。

もしも拡大して見れるとしたら、段々畑のマインクラフトみたい。(言い過ぎか…)

なので、そういった夢を捨てて、外観ではなく、「機構」や「プロトタイプ」を作ることにした。

  
例えばサーボにとり受けるカム、歯車、あるいはその駆動部分をオリジナルで制作するときに3Dプリンタは威力を発揮するのでは?と、そう思った。

ちょっと地味かもしれないが、部品を作り、まずは動かしてみる。それがいかに大事なものかを感じることがある。

そして、なるべく早くラフなものを作って動かしてみることが大切かと。

3Dプリンタで製品化とか考えている人はまず、ラフなものを何度も試行錯誤するサイクルを繰り返すと考えたほうがいいかもね。

【告知】

2015年7月24日に大阪でIoTイベントにパネラーとして出演します、WebデザイナーにとってのIoTについて話す予定。https://www.facebook.com/events/1001199586565469/

イベントなどで、Webな人たちもIoT(WoT)に関心を寄せている人が多くなってきているようだな、と感じる今日この頃。

3Dプリンタに初挑戦

3Dプリンタでつくった猫の形をしたスマホドック
3Dプリンタでつくった猫のスマホドック

会社でAfiniaという3Dプリンタを購入してみました。
http://www.afinia.com/
ちょっと3Dモデリングをやったことがあるのでこっちにも手を伸ばすとどうなるのだろうという想いがあって。
あとIoTとか言われているなか最近、僕が先生として指導している大学経由で使わせてもらっているIntel Edison Kit for Arduinoなどと組み合わせてなにかやってみたいと思ったからです。

Intel Edison Kit for Arduinoの写真

最近JSBoardと呼ばれるJavaScript(Node.js)で動かせるマイコンが増えてきているので、こういったデザインに挑戦したなと思っています。

会社のロゴをプリントしてみたんですが、こういう形状だとIllustratorなどでつくった平面のアートワークに厚みを持たせるだけでだいたいいけるし、ちょっと頑張れば不可能ではないなと思います。
会社のロゴを3Dプリンタで作成している写真です

また進捗があればここで色々結果を書いていこうと思います。

大阪市交通局のデザイナー募集で月給約11万について思うこと

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引用:大阪市交通局がIllustratorやPhotoshopを使えるプロのデザイナーを月額112,600円で募集しTwitterで炎上中 – ライブドアニュース : http://news.livedoor.com/article/detail/8930385/

実は炎上していた当時から思っていたことなんですが、一度冷静に考えるため時間を置いてこの記事を投稿してみます。

事の発端は、大阪市市交通局が公布した「大阪市交通局非常勤嘱託職員募集要項」(現在はリンクが切れている)の応募要件に

・Illustrator、Photoshopの広告デザイン実務経験があること
・Excel、Wordが使えること
・1日6時間で週5回(つまり平日)勤務
・給与 112,600円
・昇級・昇格なし
という内容。

Twitter等で炎上になったようです。
要するに「これだけのスキルがある人に11万だと!?うちらの業種を安く見るな!」という主張が相次いだように思えます。

最近、クライアントと直接やり取りしていく中で思う事があるので、ちょっと目線を変えながら意見を書いておきます。

世間から見た私たちデザイナーの評価とは所詮その程度のもの

最初に思う事を言っておくと、所詮そんなもんです。。

私たちがスキルを磨き、オペレーションを効率よく行うための日々の努力…
実は、これらは発注者にとっては見えなく理解しにくい(どうでもいい)ものかもしれません。

チラシをつくるけれど、その制作費をかけないで済むならそれにこした事ないと考える人もいます。
なぜならデザイナーにお願いする段階ではお金が生まれないわけです。
さらに、依頼した後にどれだけの利益が得られるのかわかりません。  

つまりグラフィックツールを使ってポスターをつくり、Excelなどで書類をつくり、電話対応なども行えるくらいのスキルの人に11万円という給与は、私たちの想いとは別に、彼ら大阪市交通局の方にとっては妥当という認識があったのかもしれません。

だとしたら私たちデザイナーの価値はどうなる?そうだ、給料を上げてもらえるだけの仕事をする必要がある。
給料が上がるという仕組みは何か?
やはり自分がいなくては誰かが困る状況であり、この人と一緒に仕事をしたいと思われる状況。  

じゃあ、その人がいないと困る状況とは何か?ということになるわけで。
ここが問題なんです。

依頼と受動

私は、大学や専門学校で10代〜30代の方にデザインの授業を担当しています。
Illustratorなどの授業中にこのような事を生徒の前で言ったことがありました。
「今君たちが勉強しているのはデザインそのものではない、作業、つまりオペレーションだから」と。
 依頼者の悩みやその背景にある問題点を、デザインというユーザーに一番近い位置から、私たちデザイナーが解決できるか、向き合い、試行錯誤し、相談もできて提案もできる。
「いやー提案してはみましたけど、モックで動かしてみて微妙でした、、、」
とか言えるだけの器量があるか。

もう、IllustratorやPhotoshopが使えるだけ、という人口は20年前と比較にならないほど増えています。
これだけ人が増えると、正直、スキルだけではその人の価値につながりにくいんです。
だから、アプリケーションスキルが高いだけでは給料という評価に結びつけるのが難しい時代だということに気づくべきでしょう。

問題を解決する難しさ

最近のお仕事で何度か、GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェース)の改善依頼を請けるのに、いつの間にかVI(ビジュアルアイデンティティ)の意見を出したりするウチに、ロゴマークの追加依頼に発展したりします。
発注者が気づかない問題点をデザイナーが指摘したもんだから、デザインよりもサービスのコンセプトについて相談されるようになることがあります。
でもそれは当然な気がします、なぜなら、デザイナーはユーザーの目に触れる繊細な部分とサービスのコンセプトと連携させて視覚化できる唯一の職業だと思います。
「この人なら相談できる」と思われると、もっと深いコンセプトデザインを相談させられ、発言も受け入れられやすくなることがあるでしょう。

やはり生き方は自分で決めるもの

言われた通りのことだけを忠実にやるのであれば、残念ながら他に替わりはいるという認識は社会の実情と言えるかもしれません。
言われた指示通りの事だけ行う人に価値がないとは思えませんが、発注者ができないことをやれる職業なんだから、もっと指示を疑ってみて「本当にこの指示が正しいのか」を考えてみるとよいでしょう。
発注者が正しい答えを持っているわけでなく、また、私たちも正しい答えを持っている根拠はないと思います。
たとえ完璧ではなくても、正しさの精度を上げようと試行錯誤ができる人であれば自ずと「11万だと請けられません」と言ったらいいと思います。

そして、こうも思います。
大阪市交通局に怒りの声を上げて、「デザイナーという職業が安く見られる社会を是正したい」なんて自分にはおこがましいと考えています。
生き方なんて自分で決めるんです、11万でももらえるだけ幸せと思っている人を否定することにもなり、おかしいと思います。

大阪市交通局が11万しか出さない、それはそれでいいじゃないでしょうか。
イヤなら行かなければいい。
不満なのであれば違う道を生きるために、個々のデザイナーが何に貢献すればお金をもらえるのか?について考える。
それだけな気がします。

ちびころ、ありがとう(合掌)。

chibikoro.jpg

このブログの記事の写真や、私のスライドや執筆記事にたまに出てくる愛猫「ちびころ」ですが、2013年5月にその生涯を終えました。

実は秋葉家は過去にちょっとした経済難により実家を手放すかどうかの瀬戸際だった苦難の時代があって、そのあと父が亡くなり、さらに私たち兄弟みんな結婚して、今年4月からは実家がキレイに建て直され弟家族が母と2世帯で暮らしはじめています。
そんな実家の最も大変な歴史の一幕を共に過ごしてきたのがちびころでした。
ネコってわがままで気ままで勝手で「役に立たないな〜」と思っていたんですが、何もしないことが役立たずではなく、そこにいてくれる、ただそれだけがとても大事なことだと実感しています。
今これを書いているのが2013年8月の夏休み、新しくなった実家に帰省して、そこで初めて母に知らされてショックでしたが、(言ってくれよ、オカン!)いずれお別れは来るものですからあまり悲しむことをせず、笑顔で合掌。
ゆっくり休んで、ありがとう。
tombstone.jpg
小学生の甥っ子が木でつくったちびころ。お盆には帰ってくるんだと楽しみにしている

iOS7 SafariではWebサイトのアドレスバー隠しが通用しない、かも…

iOS7 Safariでアドレスバーが隠れない状態の画像

先日CSS Nite in SHIZUOKA, Vol.4(http://cssnite-shizuoka.jp/vol04/)に登壇して話したことです。

スマホ対応サイトで有名なテクニックのひとつ、ページを読み込んだ後にJavaScriptで1pxスクロールさせると、アドレスバーが上に隠れる例のアレですが、どうもiOS7 betaのSafariでは通用しないみたいです。
(上図は左がSafari, 右がSleipnir、Sleipnirは従来通りバーが隠れているがSafariは中途半端にスクロールをしている)
JavaScriptはこんな感じで書いた時に起こるものです。
window.onload = function () {
setTimeout(“window.scrollTo(0,1)”, 100);
}
今はベータ版で今年秋から正式リリースが出るらしいので何とも言えないのですが、一応案件ベースで採用していることも多いので注意しておいたほうがいいかもしれません。